文化は多様
日本で江戸時代までに、今のリサイクルシステムのようなものが出来上がっていたというのは、文化がいかに多様であるかということの、一つのサンプルというふうな理解ができるのではないかと思うのです。その文化の起源というのを言語と結びつけるとすれば、言語が本当に単系であったかどうか。もし単系であったら、文化というのは単系でしょうし、多系で現れてきたものなら、それから作ってきたものがいろいろ形になってきたということだと思うんですが、そこの議論は抜きにして、今ある文化の多様性というのは、もっとあとのほうで多様化してきたというふうに考えざるを得ないと思うんです。
その多様化の過程で、なぜ江戸時代まではリサイクルシステムを維持していたのに、明治以後それは維持できなかったのかというのを見てみますと、これは日本に固有に発達していた文明に、欧米の考え方が加わったためですね。ヨーローパ風の開発の仕方は、多少凹凸のある土地を全部農地化してしまって、面積は非常に大きいわけですね。そういう展開の仕方をしてきて、緑の自然が無くなったものですから慌てて、森林が大切だと言って、シュワルツバルトを育てたりというようなことになったみたいです。
自然と相談しながら
それに対して日本列島は、地形が複雑で、せいぜい耕地面積が20%、それぐらいしか耕地として使えないわけです。ですから、それにプラスした20%ぐらいをいわゆる里山にして、20%プラス20%を活用し、それと奥山をうまい具合に案配させてきた。それは、先ほどおっしゃったように、科学的に自然をこう開発すべきだというやり方をしてきたわけではなくて、
“自然と相談しながら”、自然と打ち合わせをしながら、これが一番いい形だという開発の仕方をしてきたわけです。
自然となじみながら開発してきた日本人のその開発の仕方は、ナチュラルに対するアーティフィシャルな、今我々が定義するような、そういう言葉で表現できるようなものではなかった。ヒトという一種の動物が自然の中で、知的な活動を始めながらではあるのですけれども、その自然の中に上手になじみながら共生して生きてきたという生き方だったんです。
それは何かと考えてみますと、つい先日の省庁改変まで、日本に科学技術庁というお役所がありました。しかし、あのお役所は英訳をしますと、「Agency
for Science and Technology」と、英語では‘科学と技術庁’なんです。科学技術庁と言ったのと、科学と技術庁と言ったのではニュアンスが随分違うのですけどね。
科学技術とは
“科学技術”という四字熟語――四字熟語になりますと初めの二つが、後の二つを形容するようになります。科学技術というのはまさに技術の一型を示す語であって、科学と技術を表現するものではないと思うんです。
技術というのはもともと、これは植物でもきちんと生きる技術を持っている。あらゆる動物も自分の技術、固有の技術を持って生きているわけです。そこへ科学的な思考が入ってきた。言語を発達させて、文化を発達させて、どんどん科学を発達させた結果、技術の上に科学という形容が付くものができてきたわけです。それまで“職人芸”というような言葉があって、技術はむしろ美的なものと結びついていたわけですが、それが科学技術になってきますと、科学的な効率の良さに重点が置かれるようになってきた。それで科学技術というもの、それ自体が勝手に発達してきたときに、日本でいわゆる「自然破壊」というような、現象が現れるようになってきた。そこで初めて、ナチュラルに対するアーティフィシャルという相互に相反する言葉が、自然はもっと保護されなければならないんだ、というような言い方が出てきたと思うんです。
では、科学技術はすべて悪かといいますと、決してそうではなくて、例えば20世紀の初めと比べて20世紀の末に、人類は非常に豊かになってきて寿命も延びた。そういうように、科学技術の成果によって、いろいろな益がもたらされるようになってきた。ただそれをコントロールするところがどこか狂ってきてしまったのではないか。いずれにしても、科学技術というものの一人歩きが、ナチュラルに対する、アンチテーゼとしてのアーティフィシャルな面を非常に強めてしまったのではないかと思っています。 |