KOSMOSフォーラム






























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第3回KOSMOSフォーラム 2004

基調講演議事録

深い体験の世界をみんな持っている

 「こんなすごい事はなかった」というのを一番上手く言っている昔話と言えば、「桃から生まれた桃太郎」がピッタリきますよね。それから一寸法師。昔にできた話を今でもしょっちゅう話題にして、子供も喜んでいる理由は、「大昔は珍しいことに、桃から人は生まれるし、おわんの舟で行く人はいるし、オオカミはものを言うし」などということではなく、人の体験をピタッと伝えようと思うと、その物語が一番適しているわけです。その物語の中で、皆さんご存知のように、人間もオオカミも、時には魚も、時には木やら石まで、みんな一緒にものを言い出します。これは言ってみれば、何かそういう非常に深い体験の世界を私たちは持っている。

近代科学の進歩・発達とは別に、しいて言えば逆のほうに、先に人間と人間の関係と言いましたが、人間と人間どころか、人間も植物も、人間も動物も、みんな関係があるような世界を私たち日本人は昔から持っている。先ほど、文明が発達するほど人間はそれほど幸福にならないというのは、我々は昔の時代の、自分の体験したことを物語として語り、その物語の中で人間が動物とも植物とも関係があった時のことを少し忘れすぎているからではないかと私は思うのです。近代科学てきな視点で言えば、私の話が良かったからといって、花が拍手をしてくれたりすることは絶対ないと思います。ところが、心の深いところまで辿っていって、人間というものを考え出すと、そういうことがあっても、そういうふうに感じても不思議ではないのではないかと、私は思っています。

 そういうことを全部込みにして人間というものを考え直さなければ、うわべで大変進歩を遂げた近代科学の視点だけで世界を見ていると、みんなだんだん切れてくる。私が言いましたように、上手いことボタンを押したら、うちの子は学校へ行くのではないか、という考え方がまん延してきて、最先端の方法で順序よくやったら良いことが起こると、みんな思いすぎているのではないですか。でも、人間と人間の関係が出てきた途端に、そんなにこちらの思い通りにいくとか、思った通りにできるということが可能でなくなるのに、何かみんなが可能だと思っている。

人と人、人と自然の深い関係性が大切

 ある子供が言いました。むちゃくちゃやっている子ですが、「どうしてそんなにむちゃくちゃやっているの」と聞いたら、「私は居場所がないんです」と言う。「家も居場所ではありません。学校も、もちろん居場所でありません。街へ出て行って、ぐちゃぐちゃやっているグループに入ったら、ワーと一緒に楽しくできるから、居場所みたいに思う」と言うので、その家に行って「お宅の子供さんは、お宅の家を居場所と言っていませんよ」と言ったら大変怒られますよ。「何を言っているんですか。うちの家ほど居心地のいい家はありません。冷暖房完備で、食べ物は十分にあります。おやつもあります。小遣いもあげています」と、項目でいうと全部マルです。何が無いといったら、私が言いましたような、本当の深い関係が無いのです。深い関係というのは、冷暖房とかそんなのではない。「おお」と言ったら「おお」と、それだけで安心だという感じですね。この感じが家の中から無くなっている。家の中の温度とか、整理整頓されている環境とか、栄養バランスの取れたサプリメントとか、頭ばかり使っているうちに、だんだん関係が薄れていったのではないでしょうか。

 その子が言いました。「悪い試験結果を持って帰ったら、お母さんが『駄目でしたね。次に期待しておりますよ』と言う。」子供にしたら、「何よ、これ」と泣き叫んでくれたほうがよっぽどいいんだけれども、お母さんにしたら、良いことをやらなくてはいけないと思うから怒れない。やっておられることはどこも悪くない。しかし、その子は言いました。「お母さんがそう言った途端に、家中が氷になりました」と。口では「いいですね」「期待していますよ」と言っているけれども、心の中では「あなたはもう、うちの子じゃありません。こんな点数を取る子はうちには置いておけないんです」というような信号がどこからか出てくるのですね。そんな状況では、その子がおかしくなって当たり前ではないですか。「こんな点数!」と怒って、破って「駄目!」と言っているほうが、よほど関係ができます。子供も「それならお母さん、一度受けてみ」と反抗もするでしょうが、そう言えるほうが人間が生きている。

 ただ最後に申し上げたいのは、だからと言って、自然科学とか技術はやめなさい、放りなさい、と言っているのではありません。それがなかったら我々は生きていけません。それもいいけれど、私が言いましたような深い関係を持つのも大切で、両方をやらねばならない。これが現代の、我々の非常に難しいところだと思うのです。

 単純に物事を考える人は、「昔の自然に帰れ。人間は自然に帰ったほうがいい」なんていうことを言います。私はよく冷やかしで、「あなた、自然に帰れと言いながら、どうして新幹線に乗って講演先へ行ってるの」と言うのです。本当に自然に帰りたかったら、歩けばいい。裸で歩いて行けばいい。きちんと冷暖房完備した新幹線に乗って講演に行って、自然に帰れ、昔に戻れ、では駄目でしょう。

 だから、自然と、私が言いました人間との深い関係性も、もう一度掘り返して、その考えを持ちつつ、科学技術もやっていくという、非常に難しい時代が21世紀ではないかと思っています。難しいことですが、「矛盾して難しい」ということをはっきり自覚すると、私はできないことではないと思っていますので、そこを考えながら生きていくべきではないかと思います。
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