KOSMOSフォーラム
 
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フォーラムINDEX(第9回〜第10回)
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第3回KOSMOSフォーラム 2004
 
フォーラム議事録
 
安田

異端の地理学者と呼ばれて

 私は、若いころ、学会で発表すると必ず批判されていた。「君のは物語だ」と批判されるんですね。どうしてかというと、私の専門は花粉の化石の研究です。これは非常に小さくて目に見えないのですが、強い膜を持っていまして、地中や湖などに落ちると何万年でも腐らない。それを取り出して、花粉の種類を同定して、どんな森があったかということをずっと研究しているわけです。これまでは、A地点でボーリングをして、土を採ったらこんな花粉が出てきて、こんな植物がありました。B地点ではこうでした。C地点ではこうでした。それを学会で発表しているわけです。私は、A地点とB地点とC地点の関係をトータルに論じて、日本列島の森の変遷と、人間の歴史との関係をしゃべったわけです。そしたら、「物語だ」と言う。関係性を論じようとすると物語が要るんです。ところが、今までの近代ヨーロッパの科学は、その関係性を否定していた。つまり、物語性を否定したから関係性が論じられなかったんです。私は広島大学で15年も助手をしていました。それは、新しいことをやろうと思うと、異端でなければいけないと思うんです。その学界の主流にいたのでは新しいことをできない。私は地理学出身ですが、環境考古学という学問をつくったわけです。自然と人間の関係性をやりたいということで、自分で自分の専門分野をつくった。学会で発表するたびに、みんなから物語だと批判されましたが、最近、河合塾が、日本の地理学者のナンバーワンをずっとリストアップした。そしたら何て書いてあったか。「異端の地理学者」と書いてあった。つまり、私は異端者なんですね。異端であるということは、新しい学問をつくるということだなあ、と思います。

 当時、「安田が研究している気候と文明の関係とか森と人間の関係は、文明が発展していない、技術が発展していない、旧石器時代とか縄文時代だったらわかるが、現代にはあてはまらない」と言われました。しかし、河合先生がおっしゃったように逆ですよね。技術が発展してくれば、森林は無くなっていくし、地球温暖化が起こって、気候変動によって文明が崩壊する可能性さえ出てきたわけです。だから、地球環境問題が出てきて、ようやく、私の自然と人間の関係の研究は評価されるようになりました。

人類の文明のニつのパターン

 最近明らかになった森と文明との関係を、今日は申し上げます。森と人間の関係で明らかになったことは、人類の文明にはニつの類型があるということです。ひとつは森と水の関係を切った文明です。もうひとつは、森と水の関係を切らないで長く維持してきた文明。そのニつの文明があるということが分かってきた。それには、人間が何を食べるかということと深い関係があります。パンを食べて、ミルクを飲んで、肉を食べる。こういう食生活が、実は、森と水の関係を切る文明をつくった。ヒツジやヤギを飼って、その肉を食べて、ミルクを飲むということは、ほっておいても家畜は森を破壊します。だから、その文明は、森と水の関係を断ち切ったんです。その文明のことを私は畑作牧畜文明と呼んでいます。その畑作牧畜文明に、キリスト教という善悪を明白に区別する宗教が加わったことによって、それがさらに激しく加速化した。かつてヨーロッパには深い森がありましたが、その森が破壊された。例えばイギリスの森の90%、ドイツの森の70%、スイスの90%が徹底的に破壊されていった。彼らは決して森が憎かったわけではない。しかし、家畜を飼って、その肉を食べて、ミルクを飲んで、パンを食べるというその日常の食生活が、森を徹底的に破壊してしまったのです。

 当時、キリスト教の宣教師はこう言ったそうです。「森は人間の幸せのためならどれだけ破壊しても構わない」。当時は、森を破壊することが善だったんです。ところが、この文明が21世紀になって、地球環境問題に直面した。今度は森を守ることが善になりました。ドイツは今や環境先進国ですが、ドイツは昨年、立ち木1本切ることを禁止したんです。自分の庭にある木を許可なしで切れない。そこに、西洋の畑作牧畜文明に代表される「自然と人間の関係の在り方」がいかに下手であるか、ということがよく分かりますよね。

日本人の知恵

 我々はそうではない。我々、米を食べ、魚を食べる稲作漁撈民にとっては、森が要ります。なぜ要るか。それは水が要るからです。水田をやるためには水が要る。森を守らなければいけない。森を守るためには家畜を連れて来ては困る。特に日本人は、家畜を拒否した。その代わり里山をつくりました。自然と人間の間に、バッファゾーンを置いたわけです。そして上手に、自然と人間の間に関係性をつくっていったんです。これは素晴らしい稲作漁撈文明の知恵です。それは、人と人とが上手に付き合うということでもあります。「日本人の心のグレーゾーンが広い」と私は言うんです。我々は心の柔軟性があると思います。物事を善と悪でニつで切って、そして森を破壊することが善だったら、自分の国の90%もの森を平気で破壊して、今度は森が守ることが善だったら、1本の木でも切ってはいけないという、これは心の柔軟性が少なすぎます。ところが我々は、きちんと自然と人間の間にバッファゾーンとしての里山を置いて、そして緩やかに上手に付き合う。同じように人と人の関係にも、私は、きっと心のグレーゾーン、バッファゾーンがあると思います。だから日本の社会は、上手に人と人のコミュニティーが今までは維持されてきたのではないか。森と人間の関係を見たときにはこういうようなストーリーが見えてきました。
   
川勝

 ありがとうございました。

 共感する人もだいぶんいらっしゃるようです。安田先生は、土を掘っていくと何万年前にはそこに何が生えていたかが分かるという、非常に地道な研究をされています。それが、先ほどおっしゃった花粉分析です。

 木に年輪が刻まれるように、土中に縞(シマ)が春夏秋冬で刻まれる。安田先生はそれを「年縞(ネンコウ)」と名付けられ、年縞を分析して、どこに森があって、それがどういう森で、いかにして無くなったか、などを確定していく。そうすると、食べ物とのかかわりが見えてくる。麦を主食にし、家畜からたんぱく質を採ることをした人びとは、森を切って麦を植え、原っぱになったところで家畜を飼い、草をヒツジやヤギといった家畜が草を食べる。森を壊すことを生活の基礎にして、それを正当化する宗教も生まれたと見る。これが西洋の「牧畜麦作文明」と安田先生が言われるものです。一方、東アジアでは、稲作であり、タンパク質は漁労から採ります。稲作は水が無くてはできませんので、水を生む森を大切にする。従って、森に対する異なる態度が生まれた。こういうお話だったわけです。

 それでは次に、中沢新一先生にお願いします。
 
 
 
 
 
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