深い関係性をどう構築するか
先ほど、里山という問題を言って、「日本人の心にはグレーゾーンがある」と言いながら、実は、私の結論は「二項対立的なんだ」という矛盾があるわけです。
今、お聞きした中沢先生のお話には、21世紀の科学への大きな判断材料になる可能性があるということを感じました。あの世とこの世の話なんて、証明なんてできないんですが、聞いていると本当にそうだなと思う(笑)。それは、科学の一つの在り方の未来を示しているかもしれないなと思いました。我々がこれからできることは何かというと、河合先生が最後におっしゃったように、これから「深い関係性」をどう構築するか、どう究めるかということなのではないかと思います。それは人と人との関係性でもいいし、自然と人間の関係性でもいい。その「深い関係性」を自然科学の立場から追求した最近の事例をご報告します。
気候変動にも地域差と時間差がある
今まで、気候が変わると文明が変わるという話をしていました。しかし、歴史というのは数年の単位で変わるわけです。「気候変動というのは百年の単位とか、千年の単位で変わるだろう。歴史は1年や2年で変わるんだろう。合わないんじゃないか」と言われて、私はそこで言葉が出なかったわけです。ですから、その段階で、私の関係性の研究はまだ浅く、皆さんを説得していなかったわけです。
ところが最近、年縞というものを発見したんです。それは日本が世界の中で最も保存がいいんですが、湖の湖底から年輪と同じものが見つかったんです。その中には、いろいろな花粉とか、珪藻とか、いろいろな化石が含まれています。年輪と同じで1年に1本ずつ作られます。それを一本一本丁寧に分析すると、過去の気候変動が年単位で復元できるようになったんです。するとどういうことが分かってきたか。例えば、先ほどおっしゃった人間圏が形成された時代で、地球の気候がワッと暖かくなるんです。年平均気温が50年で一気に7℃も上がるんです。今までは、グリーンランドでも、日本でも、南極でもほぼ同じくらい上がるだろうと思っていた。ところが、一年一年、年縞というものを分析して、ヨーロッパと日本と、それからグリーンランド、そういったところの気候の変動を復元してみると、実は「気候の変動にも地域差と時間差がある」ということが分かってきた。50年で7℃上がるんだけれども、日本は世界に先駆けて500年ほど早く気温が上がるんです。そういうことが分かってきた。それは「サイエンス」にも載りました。私の筆頭の助手がそれを書いたんですが、1カ月後に、イギリスのニューカッスル大学の講師にヘッドハンティングされてしまった。それほどに今世界が注目しているのです。先ほど、松井先生が大変重要なことをおっしゃった。「普遍性だけではなくて特殊性が大事だ。地域性がある」。気候変動が起こったあとに生態系の変動が起こりますが、これはヨーロッパと日本の間には3000年の時間差があるということが分かってきた。つまりこれからの自然と人間の関係の研究は、地域性や特殊性を解明することが必要だということです。南極の気候変動ばかり研究しても、私達が日常暮らす温帯の気候変動の実態はわからないということです。
日本の20年後、50年後が大切
そこで我々にとって今何が一番重要かというと、20年後、50年後の未来です。20年後、50年後に何が起こるか。地球温暖化が起こるのは間違いない。そのときに、日本はどうなる。ヨーロッパはどうなる。もっと突き詰めれば、東京はどうなる、大阪はどうなるということを知りたいでしょう。火星に水があるということを知るのも大事だけれども(笑)、まず我々が知らなければならないことは、20年先、50年先に一体何が起こるのかということを、きちんと予測しなくてはいけないんです。
ところが、日本の科学行政は何に資金を投入しているか。まず宇宙。それから南極大陸と深海底です。でも、南極の気候が明らかになっても、20年先に日本の気候変動がどうなるか分からない。また、深海底のボーリングをして過去の環境史を復元できる精度はきわめてあらい。深海底というのは土の堆積速度が遅く、1万年で1メートルくらいしか堆積しない。いくら細かく復元できても千年単位の気候変動しか分からない。千年先の未来しか分からないわけです。今、必要なのは人間の暮しの視点にたった20年先、50年先の気候がどうなるのかという気候変動の研究です。千年先、万年先の地球がどうなるかも、まことに興味深い課題で、知的好奇心をかきたててくれますが、科学者が知的好奇心を満足させている間に、人類と地球環境は破滅するかもしれないのです。 |